京阪電車の2200系60周年を記念した、リバイバル塗装。
以前、京阪からリリースが公表された時に、当ブログでも取り上げましたが、実際にその車両を見て、乗車する機会がありましたので、取り上げます。
この塗装は、もちろん1編成だけなので、いつ見れるかは運次第です(京阪電車ホームページでも運用は公表されていません)。時間帯によっては車庫に入庫していることも、もちろんあり得ます。ただ、最近はネット上のX等で、目撃情報が上がっており、これを見て、おおよその運用を読めることはあります。
このリバイバル塗装が運行開始した7/28以降、見れたらラッキーな程度で考えていて、これまで2度ほど、乗車していた電車から、すれ違いで見たことはありましたが、なかなか上手く間近で見れたり、乗れたりする機会はありませんでした。
実際に間近で見れて、乗車できたのは8/6夜。この時は、淀屋橋から特急に乗って、京都方面に向かっていたのですが、この時もまた見れたらラッキーな程度で考えていたら、実際に香里園駅で通過待ちをしていた準急出町柳行き(準急と言っても、萱島から京都寄りは各駅停車)が、ちょうどこのリバイバル塗装だったので、思わず心の中でテンションが上がり、迷わず枚方市駅で乗り換えることにしました。
そして、枚方市駅のホームで数分待っていると、さっき香里園駅で追い抜いた、その実質各駅停車とも言える、準急が到着。実際に間近で見ると、さらにテンションが上がります。ホームで待っている、鉄道好きでなさそうな人であっても、物珍しそうな目線で、カメラを向け始めている人が、明らかに目に付きました。
枚方市駅に到着した、リバイバル塗装の2200系

枚方市から京都寄りは、準急と言っても、実質各駅停車と言うこともあり、特急通過駅の乗客をこまめに輸送する役割を担います(逆に、枚方市から大阪寄りの準急は、遠近分離で特急は通過するが、利用者の多い香里園・寝屋川市等~大阪市内の速達輸送の役割を担う)。特急との連絡がある、枚方市発車時点では、ほぼ全座席が埋まるほどの乗車率でしたが、御殿山・牧野で多くの乗客が下車。樟葉で少しの乗車があったものの、橋本・石清水八幡宮で下車し、車内は空席が多くなるほど、空いた状態となり、車内の撮影もしやすくなります。
2200系の車内。昭和の京阪と言った内装。

車内を見ると、内装が薄緑、座席の色も緑一色と、車外のカラーとともに、これが昭和の時代&高度経済成長時代における、京阪のデザインそのものだと感じます。当時は、人口が右肩上がりに増えている時代で、現在に比べて京阪の近くを走る地下鉄も少なく、また国鉄(現JR)奈良線や学研都市線(片町線)が不便で使い物にならなかったことなどもあり、大阪市内中心部~京都市内中心部以外の途中駅は、ほぼ京阪が独占できた時代で、現在とは比べ物にならないほど、乗客も多く、ラッシュ時間帯の混雑も過酷だったとのことで、まさにその時代を支えた車両とも言えます。
そうこうしているうちに、丹波橋に到着。ここで、特急との連絡待ちで、しばらく停車するので、車外をゆっくりと撮影することにします。ここでも物珍しそうに見て、カメラを向ける乗客が目立ちます。
側面

丹波橋駅に停車中

リバイバル塗装のヘッドマーク

車番銘板も復元

社章も(現在の塗装に変更とともに、車外には使われなくなっている)

この旧塗装が京阪線系統(京阪本線・中之島線・交野線・宇治線等)から姿を消して、10年以上経ちますが、概ね20代以上の方にとっては懐かしさを、10代以下の方にとっては新鮮さを感じる塗装と言えるのではないでしょうか。
個人的には前者の方に属し、京阪沿線で生まれ育ったこともあり、この旧塗装には非常に馴染みがあり、やっぱり京阪と言えばこの色やなあ、と懐かしい感じになります。
そして、10年以上の時を経ているので、当時では考えられなかった組み合わせも、今回実現しています。例を挙げると、座席指定車両のプレミアムカーと万博ラッピング塗装との組み合わせで、丹波橋駅で早速その組み合わせを撮影することができました(特急が丹波橋を発車する際に撮影したものなので、あまり上手く撮影できたものではありませんが)。この2200系は60周年と言うこともあり、来年も現役であれば、2度の大阪万博を見ることとなります。
旧塗装車両と万博ラッピング8000系との組み合わせ

旧塗装車両と8000系プレミアムカーとの組み合わせ

この旧塗装車両が走っていた頃、京阪電車に有料の座席指定車両が走るとか、誰も想像しなかったことでしょう。今では、すっかり定着し、ほぼ満席状態を維持するほど、好評となっていますが。
個人的には、ここ丹波橋で下車するので、この旧塗装車両の発車を見送りました。
丹波橋で発車を見送る

ここまで、2200系60周年記念として実現した、リバイバル塗装の見ることができて、乗車もできた様子を取り上げました。懐かしさを感じる旧塗装を実現してくれた、京阪の関係者の方には感謝です。
そして、この2200系も60年と言うこともあり、いつ引退してもおかしくない頃です。多くの関東私鉄であれば、とうの昔に引退していてもおかしくない車両ですが、車両を長く大事に使う京阪だからこそ、60年も走り続けたと言えます。このリバイバル塗装は引退前の最後の花道と言えるかもしれません。現時点ではいつまで運行するか、公表されていませんが、気になる方は早めに記録しておいた方が良いことは確実でしょう。
同時に、くずはモールのSANZEN-HIROBAでは、「高度経済成長期における京阪間の輸送を支えた車両」と題して、在りし日の2200系の写真など、2200系に関連する企画展示を開催中なので、こちらも近々足を運んでみます。
以前、京阪からリリースが公表された時に、当ブログでも取り上げましたが、実際にその車両を見て、乗車する機会がありましたので、取り上げます。
この塗装は、もちろん1編成だけなので、いつ見れるかは運次第です(京阪電車ホームページでも運用は公表されていません)。時間帯によっては車庫に入庫していることも、もちろんあり得ます。ただ、最近はネット上のX等で、目撃情報が上がっており、これを見て、おおよその運用を読めることはあります。
このリバイバル塗装が運行開始した7/28以降、見れたらラッキーな程度で考えていて、これまで2度ほど、乗車していた電車から、すれ違いで見たことはありましたが、なかなか上手く間近で見れたり、乗れたりする機会はありませんでした。
実際に間近で見れて、乗車できたのは8/6夜。この時は、淀屋橋から特急に乗って、京都方面に向かっていたのですが、この時もまた見れたらラッキーな程度で考えていたら、実際に香里園駅で通過待ちをしていた準急出町柳行き(準急と言っても、萱島から京都寄りは各駅停車)が、ちょうどこのリバイバル塗装だったので、思わず心の中でテンションが上がり、迷わず枚方市駅で乗り換えることにしました。
そして、枚方市駅のホームで数分待っていると、さっき香里園駅で追い抜いた、その実質各駅停車とも言える、準急が到着。実際に間近で見ると、さらにテンションが上がります。ホームで待っている、鉄道好きでなさそうな人であっても、物珍しそうな目線で、カメラを向け始めている人が、明らかに目に付きました。
枚方市駅に到着した、リバイバル塗装の2200系

枚方市から京都寄りは、準急と言っても、実質各駅停車と言うこともあり、特急通過駅の乗客をこまめに輸送する役割を担います(逆に、枚方市から大阪寄りの準急は、遠近分離で特急は通過するが、利用者の多い香里園・寝屋川市等~大阪市内の速達輸送の役割を担う)。特急との連絡がある、枚方市発車時点では、ほぼ全座席が埋まるほどの乗車率でしたが、御殿山・牧野で多くの乗客が下車。樟葉で少しの乗車があったものの、橋本・石清水八幡宮で下車し、車内は空席が多くなるほど、空いた状態となり、車内の撮影もしやすくなります。
2200系の車内。昭和の京阪と言った内装。

車内を見ると、内装が薄緑、座席の色も緑一色と、車外のカラーとともに、これが昭和の時代&高度経済成長時代における、京阪のデザインそのものだと感じます。当時は、人口が右肩上がりに増えている時代で、現在に比べて京阪の近くを走る地下鉄も少なく、また国鉄(現JR)奈良線や学研都市線(片町線)が不便で使い物にならなかったことなどもあり、大阪市内中心部~京都市内中心部以外の途中駅は、ほぼ京阪が独占できた時代で、現在とは比べ物にならないほど、乗客も多く、ラッシュ時間帯の混雑も過酷だったとのことで、まさにその時代を支えた車両とも言えます。
そうこうしているうちに、丹波橋に到着。ここで、特急との連絡待ちで、しばらく停車するので、車外をゆっくりと撮影することにします。ここでも物珍しそうに見て、カメラを向ける乗客が目立ちます。
側面

丹波橋駅に停車中

リバイバル塗装のヘッドマーク

車番銘板も復元

社章も(現在の塗装に変更とともに、車外には使われなくなっている)

この旧塗装が京阪線系統(京阪本線・中之島線・交野線・宇治線等)から姿を消して、10年以上経ちますが、概ね20代以上の方にとっては懐かしさを、10代以下の方にとっては新鮮さを感じる塗装と言えるのではないでしょうか。
個人的には前者の方に属し、京阪沿線で生まれ育ったこともあり、この旧塗装には非常に馴染みがあり、やっぱり京阪と言えばこの色やなあ、と懐かしい感じになります。
そして、10年以上の時を経ているので、当時では考えられなかった組み合わせも、今回実現しています。例を挙げると、座席指定車両のプレミアムカーと万博ラッピング塗装との組み合わせで、丹波橋駅で早速その組み合わせを撮影することができました(特急が丹波橋を発車する際に撮影したものなので、あまり上手く撮影できたものではありませんが)。この2200系は60周年と言うこともあり、来年も現役であれば、2度の大阪万博を見ることとなります。
旧塗装車両と万博ラッピング8000系との組み合わせ

旧塗装車両と8000系プレミアムカーとの組み合わせ

この旧塗装車両が走っていた頃、京阪電車に有料の座席指定車両が走るとか、誰も想像しなかったことでしょう。今では、すっかり定着し、ほぼ満席状態を維持するほど、好評となっていますが。
個人的には、ここ丹波橋で下車するので、この旧塗装車両の発車を見送りました。
丹波橋で発車を見送る

ここまで、2200系60周年記念として実現した、リバイバル塗装の見ることができて、乗車もできた様子を取り上げました。懐かしさを感じる旧塗装を実現してくれた、京阪の関係者の方には感謝です。
そして、この2200系も60年と言うこともあり、いつ引退してもおかしくない頃です。多くの関東私鉄であれば、とうの昔に引退していてもおかしくない車両ですが、車両を長く大事に使う京阪だからこそ、60年も走り続けたと言えます。このリバイバル塗装は引退前の最後の花道と言えるかもしれません。現時点ではいつまで運行するか、公表されていませんが、気になる方は早めに記録しておいた方が良いことは確実でしょう。
同時に、くずはモールのSANZEN-HIROBAでは、「高度経済成長期における京阪間の輸送を支えた車両」と題して、在りし日の2200系の写真など、2200系に関連する企画展示を開催中なので、こちらも近々足を運んでみます。






























